問学の達人

 問い学ぶことを意味する「問学」は、大学での研究や学際領域を示す「学問」とは異なり、誰でも実践することができます。研究職に限らず、あらゆる職業を極める上で「問学」の態度は役立ちます。なぜなら、問学は「知識・スキル・知恵を求め、それらを得る」行為であるからです。

 

 私は「問学」を提唱する者であるにも関わらず、知識やスキルはともかく、「物事の本質を見極めて、判断する力」である「知恵」を得る段階にはなかなか至っていません。

 

 「問学の達人」と呼ぶことができる人はいないかと考えていた時に、書店で、今年2月に逝去された野村克也氏の近刊に出会いました。書名は、『「問いかけ」からすべては始まる』(詩想社新書)です。日本語・英語で書かれた「問い」(question / inquiry) に関する書籍は、出来るだけ目を通すようにしているので、その本をさっそく購入し、読みました。

 

 サブタイトルは、「「質問力」が人材と組織の能力を引き出す」とあり、本の帯には、キャッチコピーとして以下の文が書かれています;

 

  たった1つの「なぜ」が人生を大きく変える

  

  「なぜか」と自問することで人は成長し、

  「なぜか」とリーダーが問うことで

   人材も伸びていく。潜在能力を

   開花させる「問いかけ」の技術を明かす。

 

 これらの言葉から分かるように、「問いかけ」「質問力」「なぜ?」がキーワードになっています。著書では、野村氏の野球選手としての成長、監督としての選手育成の具体的な体験を「問いかけ」「問いかける力」を軸に語られていて、説得力がある内容になっています。

 

 「問学」の観点から、この本を読むと、野村氏は「なぜか」と自問することで、野球選手としてバッテング「スキル」やデータに基づく投手の配給を読む「知識や知恵」を身につけ、本塁打を始めする、素晴らしい打撃成績を残しました。また、捕手としては「試合に勝つための知恵」を身につけ、それを監督時代にそれを活かした選手育成をすることで、チームを成長させ、何度も日本一に導きました。

 

 このような素晴らしい実績は、「人や組織の成長」によって達成されたものです。その成長には「問いかけ」で人や組織の潜在能力が開花されたのですが、「問いかけ」と「潜在能力の開花や成長」の間には、新たな「知識・スキル・知恵」を得る過程が存在します。

 

 野村氏の場合、野球人生で得た「知恵」、すなわち「本質を見極め、判断する力」は、野球界に留まらず、一般企業や社会人の成長に通づるものであるため、数々の著書が幅広い層の読者の関心を引いたのだと思われます。

 

 ご本人は意識はされていなかったとは思いますが、「問学」の観点から言えば、勝手ながら、野村氏の生き方は「問学の達人」の生き方を示すものだと考えます。「問学を極めること」を考える上で、非常に参考になる本です。


(参考文献)

野村克也 (2020) 『「問いかけ」からすべてがはじまる』詩想社新書