翻訳書がAI翻訳を上回る点-英語教育に必要な視点-

 ここ近年、AI(人工知能)が人の職を奪うという報道をよく見かけます。英語の日本語訳にしても、機械学習によりグーグル翻訳などのAI翻訳の性能が上がり、日本語訳の質も高まっています。しかし、ベストセラーになっている、新井紀子著『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』(東洋経済)では、AIは意味を理解しないと説明しています。

 

AIは意味を理解しているのではありません。AIは入力に応じて「計算」し、答を出力しているに過ぎません。AIの目覚ましい発達に目が眩んで忘れている方も多いと思いますが、コンピューターは計算機なのです。計算機ですから、できることは基本的には四則計算です。AIには、意味を理解できる仕組みが入っているわけではなく、あくまでも、「あたかも意味を理解しているようなふり」をしているのです。しかも、使っているのは足し算と掛け算だけです。」(p. 108 - p. 109)

 

 このことから、AI翻訳も意味を理解していないことが推測されます。私は英語を理解するためには、①「英単語・英熟語・英文法」②「背景知識」③「①と②を繋げる論理力」が必要であると考えています。AI翻訳は、この三要素のうち、①「英単語・英熟語・英単語」レベルでの日本語の置き換えの精度が上がっていると考えれます。逆に言えば、②「背景知識」や③「論理力」に関しては、AIは意味を理解できないので、うまく扱うことは出来ません。

 

 一方、人を介する翻訳は、原文を意味を上記3要素から理解するので、例え、原文の英語が間違っていたとしても、それを修正した正しい日本語訳をしています。以下に、二つの具体例を示します。

 

1.背景知識の点でAIより優れている例

''my first encounter with a Shanghainese resident was with a six-year-old in a Snow White outfit singing 'Let it be' from Disney's Frozen.' (Cleverlands p.149) (原文そのまま)

 

「私が最初に出会った上海の住人は、ディズニーの「アナと雪の女王」の主題歌「レット・イット・ゴー」を歌っている、白雪姫の服を着た6歳の女の子を連れていた。」(『日本の15歳はなぜ学力が高いのか?』p. 174)

 

「私の上海人居住者との最初の出会いは、白雪姫の衣装を着た6歳の子供が、Disney's Frozen'Let it be'で歌ったことでした。」(2019年1月28日の google 翻訳 より)

 

 英文法的には、原文の with の箇所が、うまく訳がでていないですが、おおかま文構造は捉えています。背景知識の面で注目すべきは、青色で示した Frozen の箇所ではなく、赤色の Let it be です。背景知識があれば、6歳の女の子が、ビートルズの 'Let it be' を口ずさむことに違和感を感じるでしょう。しかし、AIは意味を理解しないので、そのままにしています。それに対し、翻訳書では「レット・イット・ゴー」に修正されています。 

 

2.論理的な理解の点でAIより優れている例

 

'Today, because competence in English is no longer just a competitive advantage, many countries are trying to teach their children English.' (Lee Kuan Yew: The Grand Master's Insights on China, the United States, and the World  p.93)

 

「今日、英語力はもはや、競争していくうえでの強みでなくなっている。多くの国で、子どもたちに英語教育を受けさせている。」(『リー・クアンユー、世界を語る』p.137)

 

今日、英語での能力はもはや競争上の優位性ではないため、多くの国が子供たちに英語を教えることを試みています。」(2019年1月28日の google 翻訳 より)

 

 原文の英語では、論理的には、 because の位置が間違っています。この because は、competitive advantage の後に置くべきです。翻訳書の日本語訳に becasue を入れて、訳を加えると

 

「今日、英語力はもはや、競争していくうえでの強みでなくなっている。何故なら、多くの国で、子どもたちに英語教育を受けさせているからだ。」

 

 論理面においても、AI翻訳は理解していないことが分かります。

 

 AIが意味を理解しないことが続く限り、人の理解力、特に、背景知識や論理力、がAIを上回ります。英語教育において、この点を強化して、生徒の学力を向上させていくことがますます必要になると考えます。


(参考文献)

新井紀子(2018)『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』(東洋経済)

グラハム・アリソン、その他著 倉田真木訳(2013) 『リー・クアンユー、世界を語る』(サンマーク出版)

ルーシー・クレハン著 橋川史訳(2017)  『日本の15歳はなぜ学力が高いのか?』(早川書房)

 

Gram Allison and Robert D. Blackwill with Ali Wyne (2013)  Lee Kuan Yew: The Grand Master's Insights on China, the United States, and the World.  The MIT Press

Lucy Crehan (2016)  Cleverlands: The Secrets Behind the Success of the World's Education Superpowers. Unbound