自己効力感 self-efficacy (その1)-14年前に卒業生に贈った言葉-

 先日、鳥飼久美子氏の『子どもの英語をどう向き合うか』(NHK出版新書)を読むと、英語学習において「自己効力感」(self-efficacy)の大切さに触れられています。私が「自己効力感」を知ったのは、15年前(2003年)に『情報検索のスキル―未知の問題をどう解くか』 (三輪 真木子著 中公新書)  を読んでいる時でした。非常に面白い考えだと思い、その年度の卒業生に贈る言葉として書きました。しかしながら、当時より現在のほうが、生徒の「自己効力感」を高めることは、より重要だと感じてます。

 

 以下に当時の文章を紹介いたします。(改めて読み返すと、情報が古いものも含まれています。例えば、現在は「第4次産業革命」と言われていますが、当時は「第3次産業革命」のことを書いています。)

 

   

自己効力感

 

  最近、「人間力」、「生きる力」などの言葉を耳にすることが多い。「これからの時代は、人間力だ」と言われて一旦は納得するものの、具体的なイメージがわきにくい。「人間力」とは、その人の人間的魅力のことなのかと考えてはみるが、どうもそうでもないように思われる。もう一方の「生きる力」は、教育界でよく耳にする言葉である。詰め込み教育の反動からか、問題発見・解決能力の養成を目指す総合的な学習と共に「生きる力」を育む教育もよく耳にするが、これもまた具体的に何なのか、私にはわからない。戦後58年経ち、戦争体験のない者が大部分を占める日本では、戦争勃発のような非常事態の「生きる力」は授業では身につけられないのではないか、と思たりする。

 

  そんな時に情報スキルを向上させる方法を書いている本を読んでいたら、「自己効力感」という言葉に出会った。このほうがより具体的なイメージとして納得できる言葉であった。「自己効力感」とは決して新しい言葉ではなく、30年ぐらい前からアメリカで使われてきた言葉だそうだ。英語のself-efficacy を翻訳したものが「自己効力感」であり、それは、「あること(目標や夢)を成し遂げることが出来ると本人自身が信じていること」を表すものだ。自分自身の能力に不安を持ち、出来ないのではないかと疑問を持っている場合には、その本人は達成したい事を実現しにくい。一方、自分の能力をかたく信じている場合であれば、少々の失敗にもめげず、実現の努力を続けられるので、目標を達成できるのである。

 

   自己効力感は、それを「持つ」、「持たない」かの問題ではなく、それが「強い(英語では、高い)」か「弱い(英語では低い)」かの問題である。自己効力感が強い人は、目標を実現する可能性が高く、弱い人はその可能性も低い。なぜなら、自己効力感の強い人は、たとえ失敗しても、不安であっても、自分の能力を信じ、諦めずに努力を続けられるからである。

 

  これは当たり前のことだと思う人は多いであろうが、さて、「あなたは自己効力感が強いですか」と聞かれて、どのように答えるだろうか。それを答えるには、自分自身の今までの成功体験(あるいは失敗体験)がかなり影響してくるだろう。しかし、自己効力感を支える要因は、自分の成功(失敗)体験だけではない。他に3つの要因が加わる。1つは、他者の成功(あるいは失敗)例。他人が成功(あるいは失敗)しているのを知ると、自分も出来る(あるいは出来ない)のではないかと思えることがある。もう1つは、他者による励ましである。周りの者から、あなたは出来ると励まされたり(そうでなかったり)して、目標に向かって努力を始めたり(始めなかったり)、継続できたり(止めたり)することがある。最後の要因は、自分の体調や気分である。その日の体調や気分の良し悪しが自己効力感に影響を及ばす。これらの4要素をうまく合わせて、自己効力感を強めていけば、目標や夢の実現がぐっと近くなる。 

 

今の日本は、デフレ状態から脱出する光は一向に見えず、その間に少子高齢化が一層進み(昨年は年金問題が大きな話題となった)、それに追い討ちをかけるように、ITや生物工学などの新しい科学技術が推進する「第3次産業革命」よって、片端から既存の産業を潰していく時代を迎えようとしている。現在は、日本が今まで取って来た発想や方法では通用しない時代である。日本はバブル経済崩壊後、景気回復をするどころか、デフレに入り、90年代は「失われた10年」として過ごしてきた。MIT(マサチューセッツ工科大学)サロー教授(経済学者)は、現況を乗り切るには、過去の失敗を反省し、他国からよいところを学び、リスクを覚悟して新しいことに取り組まなければ、90年代と同じ過ちを繰り返し、「失われた20年」になりかねないと警告している。さらに、日本は世界で唯一、自殺による死者の数が交通事故よりも多い国であるとも言及し、日本人は失敗することを社会的汚名と考える傾向があるせいか、チャレンジ精神に欠けると指摘している。また、ノーベル経済学者でありコロンビア大学のスティグリッツ教授は、このような時代において今後は、形骸化しているlifetime employment (終身雇用)にしがみ付くよりも lifetime employability (生涯に渡って、会社を替わっても雇われる能力)の開発の方が大切である、と述べている。

 

  現代のような変化が激しく、不透明な時代においては、まさに「強い自己効力感」が必要である。卒業生が、「強い自己効力感」を持って努力し、最後には夢や目標を実現されることを願ってやみません。

 

  卒業おめでとう。(2004年1月)