スキル(Skills)論(その5)-「スキル」習得教育の普及を願って-

 「スキル論」をテーマにして主張したかったのは、日本語の「スキル」を英語の‘skills’ と同様の意味に理解して用いることの奨励です。日本語の定義にあるように「スキル」は何も特殊なものとして扱うのではなく、英語の定義にように、「誰もが訓練を通して習得できるものであり、知識を活用して物事を行うことができること」として扱えば、より具体的な教育効果を得られるということです

 

 洋書を読んでいる際に、頻繁に見かける語句が ‘knowledge and skills’知識とスキル」です。教育関係の書籍だけでなくビジネスなど様々な文脈で一般的に使用されている語句です。「シンガポールの建国の父」と言われる、故リー・クワンユー(Lee Kuan Yew)氏はMIT(マサチューセッツ工科大学)の教授のインタビューの中で「今日の働き手はどのような核となる能力(core competencies)が必要ですか?」という質問に対して、次のように述べています。

 

 “Unlike workers in the repetitive, machine-based age, tomorrow’s workers must depend more on their own knowledge and skills. … They must be enterprising and innovative, always seeking new ways

of doing the jobs, to create the extra value, the extra edge.” (Lee Kuan Yew P.92)

 

「繰り返し作業による機械に基づいた時代と異なり、明日の働き手は今まで以上に自らの知識とスキルに頼らなければならない。(中省略)彼らは、冒険心にあふれ、革新的でなければならない、そして絶えず仕事の新たなやり方を探し求め、さらなる価値や強みを創造しなければならない。」(試訳)

 

 ここでも「知識とスキル」が用いられています。それも、高度なスキルが必要であるということです。上で述べたように、「スキル」には「知識」が必要です。英語ではこれらの単語はセットになっていると考えてよいでしょう。学習指導要領改定においてのポイントとされる「思考力・判断力・表現力」の育成はこれらを独立して扱うのではなく、「正しく判断する力」を支える「思考スキル」と「表現スキル」として捉え、その「判断力」に必要とされるスキルを明確にして、スキルの育成・習得を目指す方がより実行可能な教育に繋がると考えます。

 

 最後に、私が生徒に「スキル」のイメージを伝えるためによく用いている例は、「自転車に乗るスキル」です。自転車に乗りこなすためには、当然ながら正しくハンドルを手で握り、サドルに腰掛け、ペダルを踏むという一連の知識が必要です。それを活かして初めて乗る準備が整うのですが、一度の試みで上手く乗りこなすことは難しいでしょう。上手くバランスをとって自転車に乗るようになるには、何度も練習(訓練)の繰り返しを要します。一連の形式的な知識(形式知)だけはなく、「暗黙知」と呼ばれる、体験を通して得た自分独自の知識を活かして「自転車に乗るスキル」を習得します。このように、スキルを得るには、暗黙知を含め「知識」が重要な役割を果たすことが分かります。知識とスキルの関係をよく理解すれば、教育現場でも「スキル」の習得を据えた授業が可能になります。それにより、生徒が授業を通して「何が出来るようになるのか」が明確になり、学習指導要領改定の方向性と一致する授業を行うことが可能になると考えています


(参考文献)

Graham Allison, and others (2013). Let Kuan Yew: The Grand Master’s Insights on China, the United States, and the World. The MIT Press